世界史の用語と解説

世界の王朝と出来事。138 語のうち 101〜138 語目です。答えを隠して、問いから答えを思い出してから読むと、覚えやすくなります。

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カッシートかっしーと

問い古代オリエントの民族で、バビロン第1王朝が滅んだ後、バビロニアを長く支配したのはどれか。

カッシートは、バビロン第1王朝が滅んだ後にバビロニアを長く支配した民族です。 【関連】アムル人はバビロン第1王朝を建てた民族です。

ヘシオドスへしおどす

問い古代ギリシアの詩人で、前700年ごろに農民の生活と勤労の尊さを『労働と日々』によんだのはだれか。

ヘシオドス
ヘシオドスは前700年ごろの詩人で、『労働と日々』で農民の生活と勤労の尊さをよみました。『神統記』も残しています。 【関連】ホメロスは『イリアス』『オデュッセイア』の作者とされます。

図:Marie-Lan Nguyen/Public domain(Wikimedia Commons)

アリスタルコスありすたるこす

問い古代ギリシア系の学者で、ヘレニズム時代に地球が太陽の周りを回るという説を唱えたのはだれか。

アリスタルコスはヘレニズム時代に、地球が太陽の周りを回るという太陽中心説を唱えました。 【関連】プトレマイオスは2世紀に地球中心の天動説をまとめました。

ユリアヌス帝ゆりあぬすてい

問い4世紀のローマ皇帝で、キリスト教の保護をやめて古来の神々の信仰を復興しようとし、「背教者」と呼ばれたのはだれか。

ユリアヌス帝
ユリアヌス帝はキリスト教の保護をやめ、古来の神々の信仰を復興しようとしたため「背教者」と呼ばれます。 【関連】テオドシウス帝は逆にキリスト教を国教としました。

図:First uploaded on wiki:de; Baumeister: Denkmäler des klassischen Altertums. 1885. Band I., Seite 763./Public domain(Wikimedia Commons)

ポリビオスぽりびおす

問い古代の歴史家で、ギリシアから人質としてローマに送られ、ローマが地中海を制する過程を記したのはだれか。

ポリビオス
ポリビオスはギリシアから人質としてローマに送られ、政体循環史観によってローマの地中海制覇を記しました。 【関連】リウィウスは『ローマ建国史』を著しました。

図:Manfred Werner - Tsui/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

ヒエロニムスひえろにむす

問い古代末期のキリスト教の教父で、西方教会で長く標準の聖書とされるラテン語訳を作ったのはだれか。

ヒエロニムス
ヒエロニムスは西方教会で長く標準とされたラテン語訳聖書(ウルガタ)を作りました。 【関連】アウグスティヌスは『神の国』を書いた教父です。

図:Domenico Ghirlandaio/Public domain(Wikimedia Commons)

バシレイオス2世ばしれいおすにせい

問いビザンツ帝国の皇帝で、10世紀末から11世紀初めに帝国の領土を広げ、第1次ブルガリア帝国を征服したのはだれか。

バシレイオス2世
バシレイオス2世は帝国の領土を広げ、第1次ブルガリア帝国を征服して「ブルガリア人殺し」と呼ばれました。 【関連】レオン3世は聖像禁止令を出した皇帝です。

図:from the Middle Ages, unknown/Public domain(Wikimedia Commons)

コンスタンツ公会議こんすたんつこうかいぎ

問いキリスト教の公会議で、15世紀の初めに開かれ、教会大分裂を終わらせ、フスを異端として火刑にしたものはどれか。

コンスタンツ公会議(1414〜18年)は教会大分裂を終わらせ、フスを異端として火刑にしました。 【関連】トリエント公会議は16世紀に宗教改革へ対応した会議です。

普遍論争ふへんろんそう

問い中世ヨーロッパの論争・争いで、スコラ学の中で実在論と唯名論が対立したものはどれか。

普遍論争は、普遍が実在するかをめぐり、スコラ学の中で実在論と唯名論が対立した論争です。 【関連】叙任権闘争は聖職者を任命する権利をめぐる教皇と皇帝の争いです。

エウセビオスえうせびおす

問い古代末期のキリスト教の教父で、『教会史』を著し、コンスタンティヌス帝をたたえる伝記も書いたのはだれか。

エウセビオス
エウセビオスは『教会史』を著し、コンスタンティヌス帝をたたえ、皇帝の権力は神から授かったものと説きました。 【関連】アタナシウスは三位一体説の基となる説を唱えました。

図:Desconocido/Public domain(Wikimedia Commons)

神聖文字しんせいもじ

問い古代の文字で、エジプトで神殿や墓の碑文に用いられ、シャンポリオンが解読したのはどれか。

神聖文字
神聖文字(ヒエログリフ)はエジプトの象形文字で、ロゼッタ・ストーンを手がかりにシャンポリオンが解読しました。 【関連】楔形文字はメソポタミアで粘土板に刻まれた文字で、ローリンソンらが解読しました。

図:Vyacheslav Argenberg/CC BY 4.0(Wikimedia Commons)

ホメロスほめろす

問い古代ギリシアの詩人で、トロイア戦争を題材に、叙事詩『イリアス』を作ったとされるのはだれか。

ホメロス
ホメロスはトロイア戦争を題材とする叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』の作者とされます。 【関連】ヘシオドスは『労働と日々』『神統記』を残した詩人です。

図:Unknown artist/Public domain(Wikimedia Commons)

ローマ法大全ろーまほうたいぜん

問い古代・中世の法典で、6世紀のビザンツ帝国でトリボニアヌスらが編纂し、ローマ法を集大成したのはどれか。

ローマ法大全は、ユスティニアヌス帝の命でトリボニアヌスらが編纂した、ローマ法の集大成です。 【関連】十二表法は前5世紀半ばに定められたローマ最古の成文法です。

トゥール・ポワティエ間の戦いとぅーるぽわてぃえかんのたたかい

問い中世の戦いで、732年、フランク王国の宮宰カール・マルテルがイスラーム勢力を退けたのはどれか。

トゥール・ポワティエ間の戦い
732年、宮宰カール・マルテルがウマイヤ朝の軍を破ったのがトゥール・ポワティエ間の戦いです。 【関連】レヒフェルトの戦い(955年)は、オットー1世がマジャール人を破った戦いです。

カラカラ帝からからてい

問いローマ皇帝で、212年に帝国内のすべての自由人にローマ市民権を与えたのはだれか。

カラカラ帝
カラカラ帝は212年のアントニヌス勅令で、帝国内の全自由人にローマ市民権を与えました。 【関連】大浴場の建設でも知られます。コンスタンティヌス帝はミラノ勅令(313年)でキリスト教を公認しました。

図:Urban (2009)/Public domain(Wikimedia Commons)

アルクインあるくいん

問い中世の学者で、イングランドの出身で、カール大帝の宮廷に招かれ、カロリング・ルネサンスの中心となったのはだれか。

アルクインはイングランド出身の学者で、カール大帝に招かれカロリング・ルネサンスの中心となりました。 【関連】アインハルトは『カール大帝伝』を書いたフランク人の学者です。

デロス同盟でろすどうめい

問いペルシア戦争の後、アテネを盟主として、ペルシアの再侵攻に備えて結ばれたポリスの同盟は?

デロス同盟はアテネを盟主とする対ペルシアの同盟で、アテネは同盟の資金も使って繁栄しました。 【関連】スパルタを盟主とするペロポネソス同盟と区別しておきましょう。

重装歩兵じゅうそうほへい

問い古代ギリシアで、武具を自分でそろえた平民が密集隊形で戦い、その活躍が民主政の発展をうながした兵士を何というか。

武具を自弁した平民が重装歩兵として活躍し、その発言力の高まりが民主政の発展をうながしました。 【関連】のちに無産市民も軍船のこぎ手として力をつけました。

マラトンの戦いまらとんのたたかい

問い前490年、ペルシア戦争で、アテネの重装歩兵がペルシアの上陸軍を破った陸の戦いは?

前490年のマラトンの戦いで、アテネの重装歩兵がペルシアの上陸軍を破りました。 【関連】陸のマラトン、海のサラミス(前480年)と分けて覚えます。共通テストでは戦いの順番もよく問われます。

元老院げんろういん

問い古代ローマの共和政で、貴族(パトリキ)出身の議員からなり、実質的に国の政治を指導した機関は?

元老院は貴族出身の終身議員からなり、共和政ローマの国政を実質的に指導しました。 【関連】平民は平民会や護民官を通じて権利を広げていきました。

護民官ごみんかん

問い古代ローマで、前5世紀に平民を守るために置かれ、コンスルや元老院の決定を拒否できた官職は?

護民官は前5世紀に平民を守るために置かれ、平民から選ばれ、コンスルや元老院の決定を拒否できました。 【関連】身分闘争の流れ(護民官→十二表法→リキニウス・セクスティウス法→ホルテンシウス法)が重要です。

五賢帝ごけんてい

問い1世紀末から2世紀後半のローマで、ネルウァからマルクス・アウレリウス・アントニヌスまで続いた5人の皇帝をまとめて何というか。

五賢帝(ネルウァ〜マルクス・アウレリウス・アントニヌス)の時代はローマの最盛期です。 【関連】トラヤヌス帝のときに領土が最大になりました。

パクス・ロマーナぱくすろまーな|ろーまのへいわ

問いアウグストゥスから五賢帝の時代までの約200年間、ローマ帝国が安定と繁栄を保った時期を、カタカナで何というか。

パクス・ロマーナは「ローマの平和」の意味で、アウグストゥスから五賢帝までの約200年間を指します。 【別解】ローマの平和 【関連】3世紀に入ると軍人皇帝時代となり混乱しました。

コンスタンティヌス帝こんすたんてぃぬすてい

問いローマ皇帝で、313年にキリスト教を公認し、ビザンティウムに都を移したのはだれか。

コンスタンティヌス帝は313年のミラノ勅令でキリスト教を公認し、ビザンティウムに遷都しました。 【関連】新しい都はコンスタンティノープルと呼ばれました。325年にはニケーア公会議も開いています。

軍人皇帝時代ぐんじんこうていじだい

問い3世紀のローマで、各地の軍団が皇帝を立てては倒し、約50年間に多くの皇帝が入れかわった時代は?(「〜時代」の形で)

3世紀に各地の軍団が皇帝を立てては倒した約50年間が軍人皇帝時代です。 【関連】この混乱を収めたディオクレティアヌス帝から専制君主政に移りました。

スパルタクスの反乱すぱるたくすのはんらん

問い前73年、剣闘士の奴隷が指導者となって、イタリア各地で起こした大規模な奴隷反乱は?

スパルタクスの反乱(前73〜前71年)は内乱の1世紀の大規模な奴隷反乱です。 【関連】鎮圧にあたったクラッススやポンペイウスは、のちにカエサルと第1回三頭政治を行いました。

封建制ほうけんせい|ほうけんせいど

問い中世西ヨーロッパで、主君が家臣に封土を与えて保護し、家臣が軍事的な奉仕を誓う主従関係にもとづく仕組みは?

西欧の封建制は、封土を通した主君と家臣の双務的な主従関係にもとづく仕組みです。 【別解】封建制度 【関連】周の封建制は血縁にもとづく点が異なり、両者の違いがよく問われます。

叙任権闘争じょにんけんとうそう

問い11〜12世紀に、聖職者を任命する権利をめぐってローマ教皇と神聖ローマ皇帝が争ったことを何というか。

叙任権闘争は聖職者の任命権をめぐる教皇と皇帝の争いで、カノッサの屈辱が山場です。 【関連】1122年のヴォルムス協約で妥協が成立しました。

グレゴリウス7世ぐれごりうすななせい|ぐれごりうすしちせい

問い11世紀の教皇で、教会改革を進めて聖職売買を禁じ、皇帝ハインリヒ4世を破門したのはだれか。

グレゴリウス7世はクリュニー修道院の改革の流れをくむ教皇で、皇帝ハインリヒ4世を破門しました。 【関連】1077年、皇帝がカノッサでこの教皇に許しを請いました(カノッサの屈辱)。

ギルドぎるど

問い中世ヨーロッパの都市で、商人や手工業者が営業を独占し、品質や価格を取り決めるために作った同業組合は?

ギルドは商人や手工業者の同業組合で、営業を独占し自由な競争を制限しました。 【関連】のちに手工業者の組合(ツンフト)も作られました。

三部会さんぶかい

問い1302年、フランス王フィリップ4世が、聖職者・貴族・平民の代表を集めて開いた身分制議会は?

三部会は1302年、フィリップ4世が教皇との対立で国内の支持を得るために開いた身分制議会です。 【関連】1789年に再び開かれたことがフランス革命の始まりとなりました。

ばら戦争ばらせんそう

問い15世紀後半のイングランドで、ランカスター家とヨーク家が王位を争った内乱は?

ばら戦争はランカスター家とヨーク家の王位争いで、百年戦争の後に起こり、諸侯が没落しました。 【関連】勝利したヘンリ7世がテューダー朝を開きました。

聖像禁止令せいぞうきんしれい

問い726年、ビザンツ皇帝レオン3世が出し、ローマ教会との対立を深めた法令は?

聖像禁止令は726年にレオン3世が出し、ゲルマン人への布教に聖像を使うローマ教会が反発しました。 【関連】この対立は1054年の東西教会の分裂につながります。

ハギア・ソフィア聖堂はぎあそふぃあせいどう|はぎあそふぃあだいせいどう

問いユスティニアヌス帝がコンスタンティノープルに再建した、大きなドームをもつビザンツ様式の聖堂は?

ハギア・ソフィア聖堂はユスティニアヌス帝が再建した、ドームとモザイク壁画をもつビザンツ様式の聖堂です。 【別解】ハギア・ソフィア大聖堂 【関連】オスマン帝国のもとでモスクに改められました。

ギリシア正教ぎりしあせいきょう|とうほうせいきょう

問いビザンツ帝国で発展し、皇帝が教会を支配するもとで、のちにロシアなど東ヨーロッパに広まったキリスト教は?(「〜正教」の形で)

ギリシア正教はビザンツ皇帝が教会を支配するもとで発展し、ロシアなど東欧に広まりました。 【別解】東方正教 【関連】キエフ公国のウラディミル1世が受け入れました。

バビロン捕囚ばびろんほしゅう

問い前6世紀、新バビロニアがユダ王国を滅ぼし、住民をバビロンに連れ去った出来事は?

バビロン捕囚は新バビロニアがユダ王国を滅ぼし住民をバビロンに連れ去った出来事で、解放後にユダヤ教が確立しました。 【関連】アケメネス朝のキュロス2世が新バビロニアを倒して解放しました。

ゾロアスター教ぞろあすたーきょう

問い古代イランで生まれ、世界を善の神と悪の神の戦いととらえ、ササン朝で国教とされた宗教は?

ゾロアスター教は光明神アフラ=マズダと悪神の戦いを説く宗教で、ササン朝で国教とされました。 【関連】マニ教はゾロアスター教に仏教やキリスト教を融合させた宗教です。

クレタ文明くれたぶんめい|みのあぶんめい

問い前2000年ごろからクレタ島に栄え、クノッソス宮殿で知られる、城壁をもたない開放的な海洋文明は?

クレタ文明はクノッソス宮殿で知られ、城壁のない開放的な宮殿が特色です。 【別解】ミノア文明 【関連】ギリシア本土で巨石の城塞を築いたミケーネ文明と比べて問われます。