中学社会の用語と解説

地理・歴史・公民。459 語のうち 301〜350 語目です。答えを隠して、問いから答えを思い出してから読むと、覚えやすくなります。

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行基ぎょうき

問い古代の僧のうち、奈良時代に民衆へ仏教を広め、橋や用水路をつくり、のちに大仏づくりに協力したのはだれか。

行基は民衆に仏教を広め、橋や用水路をつくり、大仏づくりに協力して大僧正に任じられました。 【関連】鑑真は、唐から来日して唐招提寺を開いた僧です。

日蓮にちれん

問い鎌倉仏教の開祖で、法華経の題目を唱えれば人も国も救われると説き、ほかの宗派を激しく批判したのはだれか。

日蓮
日蓮は、法華経の題目(南無妙法蓮華経)を唱えれば人も国も救われると説き、日蓮宗(法華宗)を開きました。 【関連】法然は、念仏を唱える浄土宗を開きました。

図:Fujiwara-no Chikayasu/Public domain(Wikimedia Commons)

道元どうげん

問い鎌倉仏教の開祖で、宋で学んで帰国し、ひたすら座禅を行うことで悟りを得ると説き、曹洞宗を広めたのはだれか。

道元
道元は宋で学んで帰国し、ひたすら座禅を行う禅宗の曹洞宗を広めました。 【関連】栄西も禅宗の僧で、臨済宗を伝え、茶を飲む習慣を広めました。

図:Unknown author/Public domain(Wikimedia Commons)

建武の新政けんむのしんせい

問い日本の政治のうち、鎌倉幕府がほろんだ後、後醍醐天皇が天皇中心に行い、わずか2年ほどでくずれたものを何というか。

建武の新政は、後醍醐天皇が鎌倉幕府の滅亡後に行った天皇中心の政治で、武士の不満から約2年でくずれました。 【関連】院政は、上皇が実権をにぎった政治です。

勘合貿易かんごうぼうえき

問い日本と外国との貿易のうち、室町時代に、倭寇と区別するため、正式な船に合い札を持たせて行った明との貿易は何か。

勘合貿易
勘合貿易は、足利義満が始めた明との貿易で、倭寇と区別するため勘合(合い札)を使いました。 【関連】日宋貿易は、平清盛が力を入れた宋との貿易です。

下剋上げこくじょう

問い中世の社会の風潮や動きで、応仁の乱のころから広まった、身分の下の者が実力で上の者をたおし、地位をうばうことを何というか。

下剋上は、身分の下の者が実力で上の者をたおす風潮で、その中から戦国大名が現れました。 【関連】一揆は、人々が団結して要求や抵抗を行うことです。

フビライ・ハンふびらい はん|くびらいかん|ふびらいかん

問いモンゴルの君主のうち、チンギス・ハンの孫で、国号を元と改め、都を大都に移し、日本にも軍を送ったのはだれか。

フビライ・ハン
フビライ・ハンはチンギス・ハンの孫で、国号を元と改め、都を大都に移し、二度日本に軍を送りました。 【関連】祖父のチンギス・ハンはモンゴル帝国を建てました。

図:Araniko/Public domain(Wikimedia Commons)

永仁の徳政令えいにんのとくせいれい

問い1297年、御家人の救済のため出された法令

永仁の徳政令(1297年)は、生活に苦しむ御家人を救うため、手放した土地を取り戻させた法令ですが、かえって混乱を招きました。 【関連】分国法は、戦国大名が定めた法です。

管領かんれい

問い中世の幕府の役職のうち、室町幕府で将軍を補佐し、細川氏・斯波氏・畠山氏の三つの家が交代でついたものは何か。

管領
管領は室町幕府で将軍を補佐した役職で、細川・斯波・畠山の三氏が交代でつきました。 【関連】執権は、鎌倉幕府で北条氏が代々ついた役職です。

新羅しらぎ|しんら

問い朝鮮半島の国のうち、7世紀に唐と結んで百済と高句麗をほろぼし、朝鮮半島を統一した国はどれか。

新羅
新羅は唐と結んで百済と高句麗をほろぼし、7世紀後半に朝鮮半島を統一しました。 【関連】高麗は、10世紀に新羅にかわって朝鮮半島を統一した国です。

親鸞しんらん

問い鎌倉仏教の開祖で、法然の弟子となり、自分の罪を自覚した悪人こそ救われると説いて浄土真宗を開いたのはだれか。

親鸞
親鸞は法然の弟子で、悪人こそ救われると説いて浄土真宗(一向宗)を開き、農村に広まりました。 【関連】一遍は踊念仏で時宗を広めました。

図:Unknown author/Public domain(Wikimedia Commons)

栄西えいさい

問い鎌倉仏教の開祖で、宋から禅宗を伝えて臨済宗を開き、茶を飲む習慣を広めたのはだれか。

栄西
栄西は宋から禅宗を伝えて臨済宗を開き、茶を飲む習慣を広めました。臨済宗は幕府の保護を受けました。 【関連】道元は、座禅に打ちこむ曹洞宗を広めました。

図:Unknown author/Public domain(Wikimedia Commons)

惣村そうそん

問い日本の人々の組織のうち、室町時代の農村で、農民が寄合を開いておきてを定め、自分たちで村を運営したものは何か。

惣村は、農民が寄合を開いておきてを定め、自分たちで運営した室町時代の村で、団結して一揆を起こすこともありました。 【関連】座は、商工業者が営業を独占した組合です。

分国法ぶんこくほう

問い日本の武家の法のうち、戦国大名が、家臣や領国の人々を統制するため、独自に定めたものは何か。

分国法は、戦国大名が家臣や領国を統制するために独自に定めた法で、けんか両成敗などの決まりがありました。 【関連】武家諸法度は、江戸幕府が大名に出した法です。

山城の国一揆やましろのくにいっき

問い室町時代の一揆のうち、京都の南部で、武士と農民が守護大名の畠山氏の軍を追い出し、8年間自治を行ったものは何か。

山城の国一揆(1485年)では、武士と農民が畠山氏の軍を追い出し、8年間自治を行いました。 【関連】加賀の一向一揆では、浄土真宗の信者が守護をたおしました。

加賀の一向一揆かがのいっこういっき

問い室町時代の一揆のうち、浄土真宗の信者たちが守護大名をたおし、約100年にわたって自治を続けたものは何か。

加賀の一向一揆は、今の石川県で浄土真宗の信者たちが守護大名をたおし、約100年自治を続けたものです。 【関連】正長の土一揆は、借金の帳消しを求めた一揆です。

六波羅探題ろくはらたんだい

問い鎌倉幕府の役所や役職で、承久の乱の後に京都に置かれ、朝廷を監視し、西国の御家人を統率したものは何か。

六波羅探題
六波羅探題は承久の乱の後に京都に置かれ、朝廷を監視し、西国の御家人を統率しました。 【関連】侍所は、御家人をまとめ、軍事や警察を受け持ちました。

正長の土一揆しょうちょうのどいっき|しょうちょうのつちいっき

問い1428年、近江の馬借らが起こした一揆

正長の土一揆(1428年)は、近江の馬借らが借金の帳消しを求めて土倉や酒屋をおそった一揆です。 【関連】山城の国一揆は1485年です。

天平文化てんぴょうぶんか

問い日本の古代の文化のうち、奈良時代に栄え、正倉院の宝物に見られるように、唐や西アジアの影響を受けた国際色豊かな文化は何か。

天平文化は、聖武天皇のころの年号から名づけられた、唐や西アジアの影響を受けた国際色豊かな文化です。 【関連】飛鳥文化は、法隆寺に代表される文化です。

インダス文明いんだすぶんめい

問い古代文明のうち、モヘンジョ・ダロなどの計画的な都市がつくられ、今も解読されていない文字を残した文明はどれか。

インダス文明
インダス文明はインダス川流域で栄え、モヘンジョ・ダロなどの計画都市と、未解読の文字を残しました。 【関連】くさび形文字や象形文字は解読されています。

図:Gary Todd/CC0(Wikimedia Commons)

中大兄皇子なかのおおえのおうじ|なかのおおえのみこ

問い飛鳥時代の皇族で、中臣鎌足とともに蘇我氏をたおして改革を進め、のちに天智天皇として即位したのはだれか。

中大兄皇子は中臣鎌足と蘇我氏をたおして大化の改新を進め、のちに天智天皇となりました。 【関連】弟の大海人皇子は、壬申の乱に勝って天武天皇になりました。

天武天皇てんむてんのう

問い古代の天皇のうち、壬申の乱に勝って即位し、天皇の権威を高めて律令国家づくりを進めたのはだれか。

天武天皇は壬申の乱に勝って即位し、天皇の権威を高めて律令国家づくりを進めました。 【関連】あとを継いだ持統天皇が藤原京をつくりました。天智天皇は天武天皇の兄です。

坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ

問い平安時代の武官や武士で、桓武天皇から征夷大将軍に任じられて東北地方へ派遣され、蝦夷を従わせたのはだれか。

坂上田村麻呂は桓武天皇から征夷大将軍に任じられ、蝦夷の指導者アテルイを降伏させました。 【関連】源義家は、平安時代後期に東北の戦乱をしずめた武士です。

摂関政治せっかんせいじ

問い日本の政治のしくみのうち、藤原氏が娘を天皇のきさきにし、天皇が幼いときは摂政、成人後は関白として行った政治を何というか。

摂関政治
摂関政治は、藤原氏が天皇が幼いときは摂政、成人後は関白として行った政治で、道長・頼通のころが最盛期です。 【関連】院政は、上皇が行う政治です。

中尊寺金色堂ちゅうそんじこんじきどう

問い日本の古い寺院の建物のうち、平安時代の後期に、奥州藤原氏が平泉に建てた、金ぱくでおおわれた阿弥陀堂はどれか。

中尊寺金色堂
中尊寺金色堂は、奥州藤原氏が平泉に建てた金ぱくの阿弥陀堂で、その富と浄土信仰を示します。 【関連】平等院鳳凰堂は、藤原頼通が宇治に建てました。

図:Imperial Japanese Commission to the Panama-Pacific International Exposition/Public domain(Wikimedia Commons)

地頭じとう

問い中世の幕府の役職のうち、鎌倉幕府が荘園や公領ごとに置き、年貢の取り立てや土地の管理にあたったものを何というか。

地頭
地頭は、鎌倉幕府が荘園や公領ごとに置き、年貢の取り立てや土地の管理にあたりました。 【関連】守護は国ごとに置かれ、軍事や警察を受け持ちました。

雪舟せっしゅう

問い室町時代に活躍した人物で、明にわたって絵を学び、帰国後、日本各地をめぐって日本の水墨画を大成したのはだれか。

雪舟
雪舟は明にわたって絵を学び、帰国後に日本の水墨画を大成しました。代表作は「秋冬山水図」です。 【関連】宗祇は、連歌を大成した人物です。

図:雪舟等楊筆 (Sesshu Toyo)/CC BY 4.0(Wikimedia Commons)

世阿弥ぜあみ

問い室町時代に活躍した人物で、父の観阿弥とともに能を芸術として大成し、足利義満の保護を受けたのはだれか。

世阿弥
世阿弥は父の観阿弥とともに、足利義満の保護を受けて能を大成し、理論書『風姿花伝』を書きました。 【関連】雪舟は、水墨画を大成した僧です。

図:Yoshiyuki Ito/CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

マルコ・ポーロまるこ ぽーろ

問いヨーロッパの人物で、13世紀に元をおとずれてフビライに仕え、帰国後に語った旅の記録で、日本を黄金の国と紹介したのはだれか。

マルコ・ポーロ
マルコ・ポーロは元でフビライに仕え、その旅の話は『東方見聞録』にまとめられ、日本を「黄金の国」と紹介しました。 【関連】コロンブスはこの本に影響を受けました。

図:Salviati/Public domain(Wikimedia Commons)

朝鮮ちょうせん

問い1392年に李成桂が建てた国

1392年、李成桂は高麗をたおして朝鮮国を建てました。 【関連】のちに朝鮮ではハングルがつくられました。

ワカタケル大王わかたけるだいおう

問い古代の日本の王や大王で、埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳から出た刀剣に名前が刻まれていたのはだれか。

ワカタケル大王
ワカタケル大王の名が稲荷山古墳(埼玉)と江田船山古墳(熊本)の刀剣に刻まれ、大和政権の力が関東から九州まで及んだと分かります。

図:Saigen Jiro/CC0(Wikimedia Commons)

三世一身法さんぜいっしんのほう|さんぜいっしんほう

問い723年、開墾をすすめるため出された法

三世一身法
三世一身法(723年)は、新しく開墾した土地を3代まで私有させた法です。 【関連】743年の墾田永年私財法で、永久の私有が認められました。

平将門たいらのまさかど

問い平安時代の武士で、10世紀の中ごろに関東で反乱を起こし、みずから新皇と名のったのはだれか。

平将門は、10世紀中ごろに関東で反乱を起こし、新皇と名のりました。 【関連】同じころ瀬戸内海では藤原純友が反乱を起こし、合わせて承平・天慶の乱と呼びます。

保元の乱ほうげんのらん

問い1156年、天皇と上皇の対立から起きた戦い

保元の乱(1156年)では、平清盛と源義朝が勝った後白河天皇の側につきました。 【関連】3年後の平治の乱で、清盛が義朝を破りました。

問注所もんちゅうじょ|もんちゅうしょ

問い鎌倉幕府の役所や役職で、御家人どうしの土地をめぐる争いなどの訴訟を扱ったものは何か。

問注所
問注所は、鎌倉幕府で御家人どうしの土地争いなどの訴訟を扱った役所です。 【関連】政所は財政などの一般政務、侍所は御家人の統率や軍事・警察を受け持ちました。

運慶うんけい

問い仏像や絵画の作者のうち、鎌倉時代に快慶らとともに、東大寺南大門の金剛力士像をつくったのはだれか。

運慶
運慶は鎌倉時代に快慶らと東大寺南大門の金剛力士像をつくりました。力強く写実的な作風が特徴です。 【関連】定朝は、平安時代に平等院の阿弥陀如来像をつくりました。

図:今泉篤男 et al./Public domain(Wikimedia Commons)

徒然草つれづれぐさ

問い日本の古典文学のうち、鎌倉時代の末に兼好法師が書いた、人の生き方や世の中について自由につづった随筆はどれか。

『徒然草』は、鎌倉時代末に兼好法師が人の生き方や世の中を自由につづった随筆です。 【関連】『方丈記』は、鴨長明が世の無常をつづった鎌倉時代の随筆です。

琉球王国りゅうきゅうおうこく

問い東アジアの国のうち、15世紀に尚氏が三つの勢力を統一して建て、首里を都とし、中継貿易で栄えた国はどれか。

琉球王国
琉球王国は15世紀に尚氏が建て、首里を都に、日本・明・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えました。 【関連】朝鮮は、李成桂が建てた国です。

コシャマインこしゃまいん

問い東北・北海道の指導者で、15世紀の半ばに、蝦夷地に進出した和人の圧迫に抵抗し、戦いを起こしたアイヌの首長はだれか。

コシャマインは、和人の圧迫に抵抗して1457年に戦いを起こしたアイヌの首長です。 【関連】シャクシャインは、17世紀に松前藩と戦ったアイヌの首長です。

ハンムラビ法典はんむらびほうてん

問い古代の法典のうち、メソポタミアのバビロニアの王が定め、「目には目を」の考え方で知られるものは何か。

ハンムラビ法典
ハンムラビ法典はバビロニアの王が定めた法典で、「目には目を」で知られ、くさび形文字で刻まれています。 【関連】十二表法は、古代ローマで定められた法です。

図:Gil Dbd/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

下地中分したじちゅうぶん

問い鎌倉時代の土地支配のしくみで、荘園領主と地頭の争いを解決するため、土地を分け合って、それぞれが支配するようにした方法は何か。

下地中分
下地中分は、荘園領主と地頭の争いを解決するため、土地を分け合ってそれぞれが支配する方法です。 【関連】地頭請は、地頭が年貢の納入を請け負うしくみです。

悪党あくとう

問い中世の武士や人々の集団で、鎌倉時代の後期に幕府や荘園領主に従わず、年貢をうばうなどして抵抗した者たちを何というか。

悪党は、鎌倉時代後期に幕府や荘園領主に従わず抵抗した者たちで、幕府がゆらぐ一因になりました。 【関連】倭寇は、朝鮮や中国の沿岸をおそった集団です。

漢書地理志かんじょちりし

問い古代の日本について書かれた中国の歴史書のうち、紀元前1世紀ごろの倭が100余りの国に分かれていたと記しているものはどれか。

『漢書』地理志は、紀元前1世紀ごろの倭が100余りの国に分かれ、楽浪郡に使いを送っていたと記しています。 【関連】『魏志』倭人伝は、3世紀の邪馬台国を記しています。

好太王碑こうたいおうひ

問い古代の日本について記された資料のうち、4世紀末から5世紀初めに倭の軍が朝鮮半島で高句麗と戦ったことを刻むものは何か。

好太王碑
好太王碑(広開土王碑)は、4世紀末から5世紀初めに倭の軍が高句麗と戦ったことを刻んでいます。 【関連】七支刀は、百済から倭の王に贈られたと考えられる刀です。

図:Yumeto/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

ヘレニズムへれにずむ

問い世界の文化のうち、アレクサンドロス大王の遠征をきっかけに、ギリシャとオリエントの文化が融け合って生まれたものは何か。

ヘレニズム
ヘレニズムは、アレクサンドロス大王の遠征でギリシャとオリエントの文化が融け合って生まれた文化です。 【関連】その影響はガンダーラ美術を通じて東へ広がりました。ルネサンスは、14世紀にイタリアで始まった別の文化運動です。

図:Wilfredor/CC0(Wikimedia Commons)

富本銭ふほんせん

問い日本で使われた銭のうち、天武天皇のころにつくられたと考えられ、和同開珎より古い銅銭として知られるものは何か。

富本銭は天武天皇のころの銅銭で、和同開珎(708年)より古く、奈良県の飛鳥池遺跡から多く見つかりました。

一乗谷いちじょうだに

問い戦国大名の城下町のうち、越前の朝倉氏が本拠地として栄えさせ、織田信長に攻められて焼かれたのはどこか。

一乗谷
一乗谷は越前(今の福井県)の朝倉氏の城下町で、織田信長に焼かれました。遺跡から町の様子が分かります。 【関連】小田原は、北条氏の城下町です。

図:掬茶/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

定朝じょうちょう

問い仏像や絵画の作者のうち、平安時代の中ごろに、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像をつくり、寄木造の技法を完成させたのはだれか。

定朝は平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像をつくり、寄木造を完成させて大きな仏像をつくりやすくしました。 【関連】運慶は、鎌倉時代に金剛力士像をつくりました。

倭の五王わのごおう

問い古代の日本の王や大王で、5世紀に中国の南朝の宋へ次々と使いを送り、朝鮮半島での立場を認めさせようとした王たちを何というか。

倭の五王は、5世紀に南朝の宋へ使いを送った王たちで、最後の武はワカタケル大王と考えられています。 【関連】卑弥呼は、3世紀に魏へ使いを送りました。

織田信長おだのぶなが

問い安土桃山時代の武将で、琵琶湖のほとりに安土城を築き、楽市・楽座で商工業をさかんにしたのはだれか。

織田信長
織田信長は、琵琶湖のほとりに安土城を築き、楽市・楽座で商工業をさかんにしました。 【関連】豊臣秀吉は、刀狩や太閤検地を行い、全国を統一しました。信長は、1573年に室町幕府をほろぼしました。

図:Kano Soshu (1551-1601)/Public domain(Wikimedia Commons)